岡山地方裁判所 平成5年(ワ)477号 判決 1993年8月27日
原告 岡山信用金庫
右代表者代表理事 大髙明教
右訴訟代理人弁護士 菊池捷男
安田寛
手島俊彦
被告 株式会社広島総合銀行
右代表者代表取締役 國光健
右訴訟代理人弁護士 山下哲夫
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
理由
一 請求原因1の事実(本件振込通知)は当事者間に争いがない。
二 そこで、同2ないし4の事実(原告の普通預金元帳への入金記帳、被告による本件振込の組戻依頼及びその実行)について検討する。
≪証拠省略≫によれば、原告は、平成四年三月三一日、原告の普通預金元帳の本件振込の受取人である正和商事株式会社の口座に振込金額七九万八九六七円の入金記帳をしたこと及びその後被告から原告に対し本件振込の組戻依頼がなされたこと(組戻依頼がなされたことは当事者間に争いがない。)が認められ、また原告がそれに応じ入金記帳された金額を被告に返却したことは当事者間に争いがない。
三 以上の事実によれば、本件振込の受取人である正和商事株式会社の普通預金元帳に、本件振込の振込指定日である平成四年三月三一日、本件振込金額の七九万八九六七円が入金記帳された時点において、右受取人の原告に対する預金債権が成立したものというべきである。
≪証拠省略≫によれば、本件振込の依頼人である株式会社セイビジュウケン(セイビ住建)から被告に対し、本件振込にかかる資金提供が結局なされなかったこと、本件振込の原告、被告間の決済は振込指定日(入金記帳日)の翌日に全銀のデータにより日銀勘定を利用してなされるものであったことが認められるのであるが、これは前記預金債権の成立を否定する事情とは言えない。
すなわち、振込依頼人と仕向銀行及び仕向銀行と被仕向銀行との法律関係はそれぞれ委任契約であると考えられるところ、両者の法律関係は別個のものであり、それぞれの契約当事者間の事情は他の当事者に影響を及ぼすものとは言えないのであって、振込依頼人が仕向銀行に対しその資金を提供しなかったことをもって、仕向銀行は、振込通知にしたがって入金記帳処理をした被仕向銀行及び受取人に対し、預金債権の不成立を主張することはできないものである。
また、振込の現実の決済が入金記帳日の翌日になされるシステムにおいて、預金債権の要物性をもって、入金記帳日に預金債権は成立していないということができないことは、入金記帳日に受取人が預金の払戻しを受けた場合を考えれば明らかである。
右のように考えなければ、銀行間の振込取引の動的安全を保護することもできないのである。
四 したがって、本件における振込の組戻しは、受取人である正和商事株式会社の承諾を得たうえでなければ許されなかったものであり、原告は本件振込の組戻しに応ずるべきではなかったものである。
しかしながら、原告は被告の組戻しの依頼を承諾し、組戻し手続を完了したことは当事者間に争いがないから、本件においては、原告は被告に対し、右組戻しの無効を主張して、組戻金額をもって不当利得であると言うことはできない。
すなわち、右組戻しについての法律関係もまた、原告、被告間のものであり、直接は受取人との関係は生じないものと考えるべきことは前述と同様であり(組戻しを受取人との間においても効力を生ぜしめ、いったん成立した預金債権を消滅させるためには前記の如く、受取人の承諾が必要であることとは別の問題である。)、原告が被告の依頼に応じて組戻しをなした以上は、右組戻しを無効ということはできないのである。
なお、結局原告は、資金の手当てなく、預金債務を負い、その点で損失を被っているのであるが、この関係は原告と振込依頼人あるいは受取人との間で清算されるべきものである。
また、原告の担当者が組戻依頼に応じたことについての錯誤も考えられるのであるが、金融機関の職員として、入金記帳後の組戻しについて受取人の承諾を得ることなくこれに応じたことは重大な過失に基づくものというべきであるから、錯誤無効も理由がない。
五 以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないから棄却する
(裁判官 吉波佳希)